有名ピアニスト、10代の初コンサートで仰天ハプニング

有名ピアニスト、10代の初コンサートで仰天ハプニング

幼少時から各種ピアノコンクールを総なめにしていたSちゃんは、若干ローティーンの年齢で初のリサイタルを開催。「この子は将来大物になる」と確信した私は、「絶対に観ておかなくちゃ」と勇んでサントリー・ホールのチケットを取りました。

席はいつもの例で、ピアニストの手元が見えやすいアリーナの左サイド。すぐ前の列には、きちんとオシャレをした若いお母様と6歳ぐらいの娘さんが座っていました。

可愛らしさを生かした豪華な衣装で、やや緊張気味ながら、魅力的な演奏を聴かせてくれたSちゃんのオープニング。徐々に盛り上がって、前半最後の曲、ショパンのバラード1番に差しかかりました。大好きな曲で、期待しながら劇的なイントロに聴きいっていた私は、突然??となりました。

とっさには、何が起こっているのかがわかりませんでした。楽譜でいえば2ページ目。曲がいよいよ本題に入る前に、一瞬静まるあたりです。Sちゃんが、楽譜にないフレーズを弾いている!?

有名アーティストが本番で僅かに音を外したのぐらいは、それまでにも遭遇したことがありました。でも、1分以上に渡って楽譜とまるで違うことを弾いているなんて、後にも先にも経験がありません。

しかし、そこはさすがのSちゃん。作曲の才能もあるんでしょうか、特にリズムを外すこともなく、未知のメロディをしばし奏でてからさりげなく3ページ目の楽譜通りに繋げました。

前代未聞の演奏が終わって休憩に入ると、前の席のお母様がポツリと「どうしちゃったのかしら」と一言。娘さんは不思議そうに「え? 何が?」とお母様を見上げました。お母様はすぐに笑顔を作り、「ロビーで何か飲みましょう」と娘さんを優しく促して席を立ちました。娘さんは納得したようではなかったけど、お母様の意図を汲んだのか、訊き返すこともありませんでした。

私はすっかり感心してしまいました。上手い子育てって、こういうことなんじゃないか、と。当時、私の娘もまだ高校生。基礎的な躾の時期は過ぎていましたが、「私はこんなふうにできていたかしら」と、我が身を顧みました。

またその後、娘が何かしらの難題に直面した時にも、あの親子から学んだことがどこかに生かされていた気がします。子どもに余計な不安を与えることなく、親としてできる精一杯を提供する、凛とした姿勢から……。

私は周りの思惑に抗う強さがなくて、消極的に子どもを持ちました。歳の離れた妹の世話を親に押しつけられ、凝りてもいました。なので子育てについては、理想も期待も抱いていませんでした。「親にされたように何かを強制したくはない」、その一心だけで……。

でも始まってみれば、責任の重さに押しつぶされそうになりながら、場当たり的に対処。あのコンサートの頃には、大学受験のサポートで頭がいっぱいだったかなぁ。そんな日々に吹いた、フレッシュな春風のようなコンサートでした。

現在Sちゃんは嘱望に違わず、大きな国際コンクールで受賞も果たした世界的ピアニスト。結婚されてお子さんも持たれています。もうSちゃんなんてお呼びしたら、失礼かもしれませんね。

え? 誰のことか、ですか?

あの日のステキな親子に敬意を表して、それは言わないでおくことにします。

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